網膜色素変性症患者で視覚障害者2級の僕の仕事は起業家、投資家です

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こんにちは。つかちゃんです。

僕は生まれつきの網膜色素変性症という難病が原因で、
視覚障害者です。

障害の等級は2級で、
白杖を持ち歩いています。

日常生活の中では、
何かと人のサポートが必要なことが多いです。

不慣れな場所を移動する時とか、
何かを見たり書いたり読んだりする時とか、

誰かに助けてもらうことがよくあります。

そんな人間ですが、
現在の仕事は起業家、投資家として、

会社に雇われずに、
自由な生活をしています。

元々はサラリーマンでしたが、
脱サラを目指して始めた投資と、
副業で始めたネットビジネスが成功したおかげで、

1億円を超える資産を形成し、
経済的にも時間的にも自由な生活を送っています。

現在は独立起業し、
さらなる成長と社会貢献のために、
インターネットのメディアを使った情報発信などのビジネスに励んでおります。

今はこうして充実した人生を手に入れることができましたが、
昔の僕は正反対。

視覚障害者である自分に対する劣等感、
こんな自分にできる仕事があるのか?という不安

そんな人生でした。

今回の記事では、
昔の僕がどんな人間で、
どのようなきっかけで成功することができたのか?

をお伝えしたいと思います。

どうしようもないくらい劣等感の塊だった少年時代

昔から僕は、
目が不自由であることに劣等感が超あって、
全然自信が持てませんでした。

人見知りで人と積極的に関われなかったり、
周りに迷惑がかかるんじゃないかとか、
ビビってなかなか外に出られなかったりとか。

何をするにもビビりまくってました。

「どうしてこんな不自由な目で生まれてきたんだ・・・」

って辛くて苦しい気持ちになったことは数えきれないほどありました。

完全に見えない訳ではないので、
ぱっと見は健常者。

障害者であるという劣等感が半端なく強くて、
僕自身が、
障害者=社会的弱者

っていうイメージが強かったんです。

だから、
人と接するときは、

「障害者って知られたら下に見られるんじゃないかな」
「差別されるんじゃないかな」
「かわいそう、大変そうとか同情されるんじゃないかな」

勝手に被害妄想をしまくってて、
目が不自由であることを周りに打ち明けられませんでした。

素の自分を隠してるので当然、
関わる人と打ち解けられず、
孤立することが多かったです。

学生時代は完全に地味なタイプでした。
クラスカーストど底辺です。

特に中学校、高校の時は超辛かったですね。

なかなか友達もできなくて、
いつも一人ぼっち。

休み時間とか、
喋る相手がいないから、
寂しいのを隠すために机に伏せて寝たふりをして時間が過ぎるのをひたすら待つとか、
廊下を徘徊するとか、

そんな感じの学生でした。

あと、
ぱっと見は健常者だけど目が不自由なので、
歩きながら人や物にぶつかったりつまづいたりして、
変なやつ扱いされたこととかバカにされたこともよくありました。

例えば、
高校時代にチャリ通学してたんですけど、
いきなり電柱とかガードレールに激突して笑われるとか。

中学や高校の体育の時、
バスkとかソフトボールとかサッカーで、
ボールを見失ってミスしてバカにされるとか。

そんなことしょっちゅうありました。

目が不自由であることは打ち明けられず、
ただヘラヘラしてるだけでした。

今思えば、
普通に目が不自由だと言えばいいだけなんですが、
当時はそれがどうしても言えなかったんですよね。

「ちくしょう!!なんで俺はこんな人生で生まれてきたんだよお・・・」

そんな自分が情けなかったりとか、
目が不自由であることへの葛藤がすごく強かったです。

劣等感の塊
自信ゼロ
喋れない
ヘラヘラ
友達できない

僕の学生時代は、
暗黒時代と言ってもいいくらい酷かったです。

まあ、暗黒時代はまだまだ続くんですが。

バイトでミスしまくりでさらに自信なくす

学生の頃、バイトをいくつか経験しました。

目が不自由でも、
将来的にはどこかに就職してお金を稼がなきゃいけないし、
純粋にバイトでお小遣いが欲しかったって気持ちもありました。

高校時代、大学時代に色々経験しました。

スーパーや薬局で商品陳列
牛丼屋で接客や調理
引っ越し
試験監督
通販の受注

などなど。

正直、
僕なんかが仕事できるのか?
って不安で不安で仕方ありませんでした。

で、
案の定ミスしまくりました。

商品の陳列場所を間違えたり、
接客でお客さんにお茶をこぼしてバッグを汚したり、
引越し先の新築のドアに荷物ぶつけたり、

ダメダメでした。

それでお客さんや店長に怒られたり、
年下の同僚にバカにされたり、
クビになったこともありました。

そもそもバイトの面接に受からないなんてことも何度かありました。

そりゃあもう凹みまくりで、
ますます自信を無くしました。

「ああ、なんでこんなダメな人間に生まれてきたんだ・・・」
「社会の役立たずだな・・・」
「俺にできる仕事あるのかよ・・・」
「ちゃんと就職できるのかな?」

こんなような不安や葛藤に、
ブワーーーーーーッ
と襲われました。

だって当時の僕は、
学校卒業したらどこかに就職して働かなければいけない
っていう常識しか知りませんでしたから。

仕事はミスしまくり、
勉強の成績は中の下、
超不器用で図工とか超絶に苦手、

こんな俺にできる仕事があるのだろうか?

こんな不安を抱きながら、
就職活動の時期を迎えました。

超優良の大企業に就職するも募る不安

劣等感の塊で自信が持てないまま、
大学3年になり、就職活動を始める時期になりました。

当時は、
夢とかやりたいこともなかったし、
起業なんて全く頭に思い浮かびませんでした。

なので、
学校を卒業したらどこかに就職する。
これ以外の選択肢はありませんでした。

ただ、
目が不自由だし、
自信ないし、
コミュ障だし、
得意なこととか才能もないし、
大学もFランクの超低学歴。

「ああ、こんな俺を採用してくれる会社なんてあるのかなあ」

っていうような不安がずっと頭の中にありました。

そんな僕でしたが、
超優良の大企業に就職することができたんです。

障害者だと、
障害者雇用制度というのがあって、
企業は障害者を雇用する義務が法律で決まってるらしいんです。

この制度のおかげで一部上場の大企業に就職することができました。

「よかった!こんな俺でも大企業に就職できた!!」
「これで人生安泰だ!」

当初はそんなアホなこと考えてました(苦笑)

そんな浮かれた僕でしたが、
すぐに壁が待ってました。

入社できたはいいものの、
会社の同期や同僚は国立大学とか早稲田とか慶応とか一流大学出身ばかりです。

それに対して、
僕はFランクのバカ大学。

しかも、
採用されたのは僕の能力が認められたわけではなく、
法律で特別に雇われたような存在。

同期や同僚との会話の中で、
「どこ大学出身なの?」

って聞かれるのが嫌で嫌で仕方ありませんでした。
答えるのがすげー恥ずかしかったです。

当時は、
学歴コンプレックスも半端なく強かったんです。

だから、
高学歴の人が全部優秀に見えました。

発言内容とか、
話し方とか、
知識とか、

全て凄そうに感じちゃって、
自分の意見とか考えが恥ずかしくて萎縮してました。

なんか、
やたらとカタカナ言葉を使う人が多くて、

アジェンダー?
エビデンス??
コンプライアンス???

聞いたことないようなカタカナを当たり前のように使ってるんですよね。

それに対して僕は、
知ったかぶりをしながら内面は焦ってました。

「やばい。何言ってんのか全然わからない」
「やっぱ高学歴の人はすごいんだなあ」
「俺って何も知らない。やばい」

とか、
そんな風に焦ってました

今思えばルー大柴か!って突っ込みたくなるし、
別に凄くないだろって思うんですが、
当時はとにかく何に対しても劣等感があったので(笑)

そんな感じで、
相変わらず自信のないまま、
サラリーマン生活がスタートしました。

サラリーマン時代の憂鬱

自信は全然ありませんでしたが、
せっかく僕みたいな奴が大企業に就職できたんだから、
定年まで頑張るぞ!

って入社当初は張り切ってました。

しかも、
有名な大企業だったので、

あの会社の社員だなんてすごいね!
優秀なんだね!

って言われるんです。

会社がすごだけで僕がすごいわけじゃないんですが、
嬉しい気持ちもありました。

この会社でずっと働けられるように、
なんとかレベルアップしなきゃ!

って思って、

生まれて初めて本を読むようになったり、
資格の勉強をしたり、
ビジネススキルの講座に出たり、

いろいろやってました。

でも、
仕事は目が不自由な分、
できる仕事は限られます。

しかも、
なかなか覚えられなくてミスしまくり。
会議ではいつもいつも寝て上司に怒られる。

ダメダメな社員でした。

仕事自体も楽しいわけではなく、

早く終わらないかなあ
早く金曜日にならないかなあ
日曜の夜は憂鬱だなあ
月曜の朝だるいなあ
満員電車マジでつらいなあ

そんな日々を毎日続きました。

でも、
給料は毎月毎月、
安定して入ってくる。

仕事はだるいけど、
給料なくなったら生活できない。

頑張って続けるしかないな。

そんな葛藤も抱きながら、
会社員としての毎日を過ごしてました。

で、
年月が経つにつれて、
サラリーマンとしての葛藤がどんどん強くなっていきました。

例えば・・・

「毎日、朝起きて満員電車乗って会社行って終わったら帰宅しての繰り返し。これをあと40年近く続けるのかあ」

「朝から夜まで会社の中に拘束されて時間がどんどん過ぎていく。これでいいの?」

「本音では嫌いな上司や先輩にうわべだけペコペコしてダサいな」

「40、50歳になっても日曜の夜がだるいとか言うおっさんになりたくないなあ」

「会社の看板のおかげですごいとか優秀とか思われるけど、看板とったら自分自身に何の価値があるのだろうか」

サラリーマン生活が2年、3年、4年、5年・・・
と過ぎれば過ぎるほど、
こういうモヤモヤが激しくなっていきました。

しかも、
相変わらず激しい劣等感で自信がないまま。

「ああああああ。こんな人生で終わるのは絶対に嫌だああああああ」
「でも目が不自由で役立たずの自分じゃどうしたらいいのかわからない・・・」

そんなある日、
転機が訪れました。

きっかけは、
26歳のときに好きだった女の子にフラれたことでした。

憧れの人との出会い

当時、
好きだった女の子に見事フラれて撃沈したことがありました。

まあ、自信ないし仕事も全然だったんで、
フラれて当然だったんですけど。

ただ、なんかすげー悔しかったんです。

「くっそお!どうしたら好きな女の子と付き合えるんだろう」
「もっとモテ男になりてえ!!」

で、
ネットで好きな子を口説く方法とか、
モテ男になる方法とか、

いろいろと調べていたら、
ある恋愛塾にたどり着いたんです。

「うーん。なんか怪しい。しかも高いなあ」
「でも、これを買えばモテ男になるかもしれない!」

ってことで、
思い切ってその塾に入ったんです。

それが僕の運命を大きく変えることになるとは、
その時は思ってもいませんでしたが。

もともと、
コミュ障だったし自信がなかったので、
そういうコミュニティに入ること自体も超不安でした。

でも、
勇気を出して、
そのコミュニティの先生に会いに行きました。

そしたら、
ものすごい自信がみなぎっていて、
好きな時に好きな場所で好きなことをする自由なライフスタイル。
しかも、恋愛とか人生を教えて多くの人の悩みを救ってる。

それが、
劣等感の塊で自信ゼロ。
モヤモヤしながら我慢しながら続けるサラリーマン生活。

そんな当時の僕にとって、
めちゃくちゃ輝いて見えたんです。

しかも、
お金を稼ぐ=会社に雇われて働く

ことしか知らなかったので、
こんな自由な世界があること自体、
初めて知ったんです。衝撃でした。

「かっけええええええええええ!」
「俺もこの人みたいになりてええええ!」

元々は、
モテ男になるためにコミュニティに入ったわけですが、

それ以上に、
その先生のライフスタイルに憧れました。

「どうやったら俺もあの人みたいに自由で自信溢れる人間になれるんだろう」
「俺みたいな目の不自由な人間じゃ無理だろうな」

そんな時、
その先生からある本を紹介してもらいました。

「金持ち父さん、貧乏父さん」
でした。

この本をきっかけに、
投資で経済的自由を目指すことになったんです。

経済的自由を目指す

「金持ち父さん、貧乏父さん」
を初めて読んだ時は、
僕の今までの常識や価値観をぶっ壊してくれました。

ハンマーで頭を何発もぶん殴られたほどの衝撃でしたね。

労働者はお金のために一生働き続け、
金持ちは自分のためにお金に一生働いてもらう

投資でお金を生み出す資産を作る

経済的自由、時間的自由

不労所得

「え?何これ。すげえええ!!」

元々は、
お金を稼ぐ=自分が働くこと

しか知らなかった僕にとって、
自分が働かずにお金を稼げる方法があることを知ったときは、
マジで衝撃でした。

「これだ!!これなら俺でもいける!!」
「目が不自由で役立たずでもできそう!!」

こんな感じで大興奮。

経済的自由になればサラリーマンも辞められるし、
自信もつくかも!

目が不自由でも国や会社に守られず自立できる!

人生変えられる!

これまでの人生、
目が不自由である自分への劣等感、
やりたいことがなく無気力、
無能で仕事はミスしまくり、
それに加えて目が不自由で人のサポートを受けるお荷物、
この先、何十年も会社員を続けていくことへの不安、

そんな絶望しかなかった僕の暗闇人生に、
希望という光が差し込んだ感じでした。

で、
この本をきっかけに、
経済的自由を目指して投資の勉強を始めました。

人生変えてやる!

今まで、
劣等感の塊で自信もなく、
夢とか本気で取り組めることもなかった僕でしたが、

人生変えてやる!
自信をつけたい!
成功したい!
これなら俺でもできそう!

っていう思いが爆発して、
生まれて初めて目標に向かって
本気で取り組めたんです。

最初は株、
そのあと不動産投資、
さらには仮想通貨。

いろんな投資をやりました。

初めてから1年後くらいには、
月収23万円の不労所得が得られるようになりました。

そして、
知識や情報を得るために、


教材
セミナー
勉強会
高額コンサル
地方にいる師匠の近くに引っ越す

こういう自己投資も惜しみませんでした。
勉強代だけで総額1000万以上は軽く超えてます。

さらに、
投資の資金を増やすために、
副業でネットビジネスも始めました。

このころは、
通勤電車
始業前
昼休み
帰宅後
休日

すべてこれらの時間につぎ込みました。

周りの同僚たちは、
遊んだり飲みに行ったりして、
楽しそうで羨ましかったこともありました。

それに、
「お前には無理だ」
「目が不自由なんだからやめておけ」
「せっかくいい会社に入ったんだからしがみついてでもいろ」

そんなことを言われて、
くそーって悔しい気持ちにもなりました。

でも、
絶対人生変えてやる!!
目が不自由でも成功できることを証明してやる!
無理だとかやめておけって言ってきた奴らを見返してやる!

そんな思いが強かったので、
集中できました。

最初のころは失敗ばかりだったけど、
コツコツ続けたらちょっとずつ結果が出るようになりました。

数年後・・・
資産が1億円を超える状態になり、
経済的自由を手にすることができました。

そして、
2017年の3月に、
念願の脱サラに成功することができました。

うおおおおおおおおおおお
やったあああああああ!

多くの人との出会いで己の小ささを知る

こうして念願だった経済的自由を手に入れることができたわけですが、
その過程の中でいろんな人との出会いが僕を大きく成長させてくれました。

僕は何度も書いてる通り、
昔から目が不自由であることに対して、
激しい劣等感がありました。

他にも、
学歴コンプレックスがあったり、
コミュ障だったり、

いろんなことに劣等感がありました。

そんな僕でしたが、
人生を変えるために経済的自由を目指してから、

セミナー
勉強会
懇親会

こういうところでいろんな人に出会いました。

すると、
僕より体が不自由な人で億万長者になってる人とか、
いじめられて不登校だった人が起業して多くの人を救ってる人とか、

すごい人がゴロゴロいることを知ったんです。
マジでかっこいいよくて、
魅力的な人がゴロゴロ。

もう脳内スカウターがバンバン壊れまくりです。

こういう人たちと出会ったおかげで、

世の中には俺なんかよりよほど大変な状況でも、
バリバリ活躍してて魅力的な人がこんなにいるんだなあ。

ああ。俺はなんて狭い世界で生きていたんだろう。
なんて小さいことで劣等感を抱いてビクビクしてたんだろう。

目が不自由だろうが低学歴だろうが、
そんなのどうでもいいんだ。

その人自身に魅力があれば、
誰だって活躍できるんだ!!!

うおおおおおおおおおおおおおおおおお

よし!
もっと勉強しまくって、
実力をつけて、

かっこいい人間になってやるぞ!!

 

こんな感じで、
長年の悩みだった、
目が不自由っていう劣等感を乗り越えることができました。

現在の僕

で、今の僕。

経済的自由手に入れた
脱サラして自立できた
いろんな知識が身について人の役に立てるようになった
成功体験を積んで自信ついた

そして何より、

劣等感の塊だった悩みを
完全に消し去ることができました。

いやー。
本当に人生変わったなー

って思ううし、
誰だって変われるんだなーって思います。

だって、
こんな劣等感の塊の役立たずの視覚障害者でも変わることができたんですから。

でも、
僕はまだまだ上を目指します。

もっと成長したいし、
もっとかっこ良くなりたいし、
もっと実力つけたいし、
もっと役に立つ人間になりたい。

やりたいことがありまくりです。

よし!やってやるぜ!!!

毎日、エネルギーがみなぎっています。

おしまい

=====

いかがでしょうか?

こんな感じで、
劣等感を乗り越えて、
人生を変えることができました。

長くなりましたが、
読んでいただきありがとうございました。

 

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僕は、会社員時代に脱サラを目指して始めた投資で、
1億円以上の資産を形成しました。

仮想通貨(暗号資産)、不動産、株などで資産を構築し、
資産がお金を生み出してくれるおかげで、

全く何も働かなくても、
お金が自動で生み出される状態になりました。


現在は念願の脱サラを果たし、
自由で自立した人生を歩んでいます。

ですが、
社会的弱者の印象がある視覚障害者の僕が1億円以上の資産って、
超絶怪しいですよね。

お前には特殊能力とかセンスがあったんだろ?とも言われます。
僕はもともと投資やお金について詳しかったわけでも、
最初から有益な情報源があったわけでもありません。

月収は手取りで20万程度の平凡なサラリーマンでした。
その上、視覚障害というハンディも抱えてる人間です。

そんな僕でも、
正しい知識を得て実践を繰り返す事で、
人生を変えることができました。

才能も人脈もない上、
目にハンディのある僕だからこそわかったことは、

「どんな人でも人生変えられる」

ってことです。

正しい知識を学んで、それを実践する。
これだけです。本当に。

そうすれば、誰だって理想の人生を実現できるチャンスはあるんです。

僕は、
誰でも自由で理想の人生を歩めるチャンスはあると確信してます。

そんな僕の行動理念を書いた記事を公開していますので、
ぜひご覧ください。

僕の理念「人生開眼」

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