網膜色素変性症の僕が病気の遺伝を理由に結婚したい彼女にフラれた話

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こんにちは。つかちゃんです。

今回は、
僕の昔話をしたいと思います。

現在の僕は、
投資で作った資産やビジネスの仕組みのおかげで、

お金が自動で生み出される状態になり、
自由なお金と時間を手に入れ、
脱サラすることができました。

投資や健康の知識・経験を誰かに教えて感謝されたり、
情報発信を始めて文章を書いたり喋りが上手くなったり、

そして、
さらなる成長を目指して充実した日々を過ごしてます。

昔に比べたら、
自信も圧倒的につきました。

ですが、
このような状態になったのはつい数年前。

元々の僕は、
マジで無能のポンコツでした。

そして、
いろんな挫折も経験しました。

大きな挫折の一つに、
大好きだった彼女にフラれたことがあります。

いやー、あの時は落ち込んだなあ。

ということで、
この記事では、

自信ゼロだった僕がどう変わっていったのか?
大好きだった彼女とのエピソードが人生にどう影響したのか?

について、
お話ししていきます。

ご紹介したいと思います。

では、どうぞ。

僕は本当に自信がゼロだった

僕は昔から何も誇れることもなく、
自分に全く自信がありませんでした。

しかも、
網膜色素変性症という生まれつきの難病が原因で、
視覚障害というハンディもあります。

目が不自由で役立たず、
得意なことが何もない、
夢とか目標も何もない、
低学歴、
何をやっても本気になれず中途半端、

などなど、
ありとあらゆることに劣等感を抱きまくって、
自信が全く持てませんでした。

それがゆえに、
人見知りで人と全然喋れず、
飲み会とか行っても隅っこでポツンと座ってるだけの地蔵。

友達とか彼女も全然できませんでした。

仕事も全然ダメで、
学生時代のバイトでは、
ミスしまくってクビになることとか、
年下の同僚にバカにされたりとか、
面接にすら受からないとか、

そりゃもう酷かったです。

そんな僕でも、
何とか就職できたのですが、

人前でプレゼンしても膝がガクガク震えて喋れない、
会議についていけず意見も出ず、毎回寝て上司に怒られる、
目がf自由な分、できる仕事が限られる、

など、
マジで何も誇れることが何もありませんでした。

自分を変えたい

自信ゼロの僕でしたが、
そんな自分をどうしても変えたかったんです。

このまま劣等感の塊で、
自信のない自分のまま歳を重ねて、
おっさんになった自分を想像すると、
怖くて怖くて仕方がなかったんですよね。

もっと自信をつけたい
胸を張れる人生にしたい
死ぬときに後悔したくない

絶対、人生を変えてやる!!

そんな思いが強くなっていきました。

そんなときに、
当時憧れていた人から、

「金持ち父さん、貧乏父さん」
を紹介されました。

今思えば、
この本が僕の人生を変える大きなきっかけになりました。

生まれて初めて本気になる

7年前、
金持ち父さん、貧乏父さんを、
初めて読んだときの衝撃は、
今でもはっきり覚えてます。

資産にお金を稼いでもらう、
自分でビジネスをやる、
経済的自由、
時間的自由、
不労所得、

などなど、
自分の中の常識がぶっ壊れていくことが、
僕の脳内に次から次へとなだれ込んできました。

元々は、
お金を稼ぐ=自分が働くこと

しか知らなかった僕にとって、
自分が働かずにお金を稼げる方法があることを知ったときは、
本当に衝撃でした。

これならいける!!
目が不自由で無能な俺が働かなくてもいいんだ!

とめちゃくちゃ興奮しました。

通勤電車で本を読んでたんですが、
読書に夢中になりすぎて、
降りる駅を過ぎて終点まで行ってしまったほどです(笑)

この本をきっかけに、
人生を変えるために、

経済的自由を目指して投資の勉強を始めました。

今まで、
本気で取り組めることもなく、
何やっても中途半端だった僕でしたが、

人生を変えたい!
自信をつけたい!
成功したい!
これなら俺でもできそう!

っていう思いが爆発して、
生まれて初めて本気で取り組めたんです。

本とか教材を買って勉強したり、
セミナーや勉強会に参加したり、
成功者からコンサルを受けたり、
実際に資産を作ってみたり、
副業で物販ビジネスを始めたり、

今まで経験したことのないような世界がどんどん広がっていきました。

成功体験が少しずつ自信になる

自由になって自信をつけるために、
勉強しまくって、
行動しまくって、

ちょっとずつ結果が出るようになると、
自信が少しついてきました。

今まで劣等感の塊で、
目標も熱中できることもなかった僕が、

生まれて初めて本気で取り組めることができて、
主体的に行動して、
結果が出るようになった。

資産を作ってお金を稼いでくれるようになったり、
副業で雇われ以外で稼げたり、

そんな成功体験が、
少し自信になったんです。

もちろん、
最初からうまく行ったわけではなく、
失敗とか損したりもいっぱい経験しました。

でも、
人生変えるために諦めなかった。
どうしても変えたかったから。

あと、
僕の周りのサラリーマンの人は、
全然主体的に行動してる人がいなかったです。

読書したり、
勉強したり、
全然いませんでした。

だから、
自分が何か目標に向かって、
主体的に行動してること自体が、

「お前らとは違うぜ」

みたいな優越感がありました(笑)

そんな、
少し自信をついてきたある日、
大好きな彼女との出会いがありました。

大好きな彼女との出会い

4年前のことです。

知り合いの紹介で、
当時の彼女と出会いました。

僕は一時期、
自由を目指す傍ら、
恋愛活動も積極的にやってた時期があります。

というのも、
会社の後輩を好きになったんですが、
見事撃沈してしまい、

くそー!もっとモテるようになりてえ!

っていうのがきっかけでした。

元々、
人見知りで喋れないということもあり、
全然モテるほうではありませんでした。

恋愛経験ゼロというわけではなかったんですが、
本気で好きになった人と付き合ったことがなかったです。

あと、
目が不自由っていう劣等感が強くて、
それだけで女性から恋愛対象に見られないんじゃないか?

っていう被害妄想というか、
ネガティブな先入観があって、
思い切ってアプローチできない自分がいました。

そんな自分も乗り越えて、
大好きな彼女を作りたい!

っていうのがきっかけでした。

3万円の情報商材をいくつか買ったり、
10万円の恋愛塾に入りながら、

服とか身だしなみを整えたり、
ジムに通って筋トレしたり、
女性との出会いを増やしまくったり、

色々やりました。

女性と慣れるために、
ひたすら女性との出会いを作りました。

出会いアプリ、
出会いパーティー、
合コン、
ナンパ、

いろんな方法で出会いを作りました。

最初の頃は、
相手に声をかけられず地蔵になったり、
1回会っただけで音信不通になったり

全然ダメダメでした。

でも、
どんなダメな人間でも、
人間慣れてくるもので、

少しずつうまくいくようになっていきました。

そんなとき、
知り合いから、

紹介したい女性がいる、
という連絡をもらい、

会うことになりました。

いやー、どんな人だろう。ワクワクするなー。

と胸を躍らせながら指定された場所に行くと、
そこに彼女がいました。

小柄で可愛らしい見た目、
ふんわりした雰囲気、
お嬢様学校出身で清楚、
そして、明るくて話しやすい。

僕はすぐ気に入ってしまいました。

今までだったら、
気に入った女性に対して、
舞い上がってしまったり、
緊張してミスったりとかしてたけど、

恋愛活動をして慣れたおかげで、
うまくいく流れとかパターンがわかってたので、
付き合うことができました。

やったあ!
とうとう俺に大好きな彼女ができた!

と大喜びしたのを今でも覚えてます。

大好きな彼女との楽しい日々、結婚も考える

付き合ってからの日々はそりゃ楽しかったです。

一緒にいろんなところにも行きました。
日光で紅葉を見に行ったり、
上野公園で花見したり、
九州に温泉旅行行ったり、

良い思い出でした。

あと、
僕も彼女も日本酒が大好きだったので、
いろんな店に行ってお気に入りの銘柄を見つけたり、
家で料理した後に一緒に飲んだり、

そんな思い出もあります。

そして、
何よりも優しかった。

動物が大好きで動物園のボランディアによく参加するほど。

僕に対しても、
めちゃくちゃ優しくて、癒されました。

僕が副業でやってた物販の梱包とか面倒な作業も、
僕の家に来て喜んで手伝ってくれました。

ああ、良い子だなあ。
彼女となら将来一緒になっても良いかもなあ。

と結婚も考えたくらいです。

しかし、
そんな幸せだった彼女との日々から、
一気に絶望に突き落とされる出来事が起こりました。

彼女から突然別れを告げられる

いつもと同じように、
彼女と楽しい時間を過ごしていたある日、

何かの会話がきっかけで、
僕の目が子供に遺伝する可能性がある、

という話になりました。

確率は高くないみたいですが、
可能性があると。

僕自身、
やっぱり子孫を残したい気持ちはあるし、
彼女も子供は欲しいというような話をしてました。

で、
遺伝の可能性を知った彼女の雰囲気が、
急に深刻な感じになったのを今でもはっきり覚えてます。

で、後日。
運命の日が訪れました。

彼女:「(神妙な雰囲気で)・・・ちょっと話があるの」

僕:「なに?話って」(嫌な予感が・・・)

彼女:「(泣きながら)あれからいろいろ考えたんだけど・・・別れよう」

僕:「え!?なんで??」

彼女:「やっぱり子どもに遺伝するっていうのがちょっと。。」

という突然のお別れを言われました。

今まで幸せな日々だったのに、
いきなりの別れ話に頭が整理できませんでした。

当然、
僕は別れをすぐに受け入れられず、
あがきました。

確率は低いとか、
遺伝子検査とか、
色々提案しましたが、
彼女の意思は固く、
あがきも虚しくお別れすることに。

しかも、
別れる理由が、

僕の子供を産めないから

です。
なんか、
僕の存在すべてが否定されたような気持ちでした。

この時はさすがにショックでしたね。

彼女もすげー泣いてましたが、
僕もこの時は泣きました。悔し涙ですね。

悔しくて悔しくて仕方なかった。
でもどうすることもできない。

うあああああああああ

今まで積み上げた自信が崩壊した

彼女との別れの後、
しばらく何も手につきませんでした。

別れた直後、
頭と心が真っ白になって、
川辺を無目的にただただ何時間も歩いたのを覚えてます。

「ああ。俺はこれからどうしていけば良いんだろうか」

これまで、
目が不自由で劣等感の塊だった自分を変えるために、
自信をつけて人生変えるために、

色々やってきた。

ちょっとずつ結果も出て、
自信もついてきた。

大好きな彼女もできた。

目が不自由でも、
無能なポンコツでも、

諦めずに行動し続けて、
結果も出せた。

それなのに、
結局、目が不自由なことが原因かよ。
しかも俺の子ども産めないからだって。

あー、やっぱり目のせいか・・・
やっぱ俺は存在価値のないダメなやつなんだ・・・
これじゃあいくら頑張っても無駄じゃないのか・・・

こんな感じで自己否定しまくって、
今まで積み上げてきた自信が崩れ落ちました。

新しく彼女作ったところでどうせ同じことになるから、
出会いを求める気にもならないし、

絶望感で仕事や勉強など、
他のこともやる気が起きません。

そんな状況がしばらく続きました。

俺を振ったことを後悔させてやる

自信が崩壊して、
落ち込みまくってた時間が、
たしか3ヶ月くらい続いてました。

でも、
時間の経過とともに少しずつ元気を取り戻していきました。

友達が励ましてくれたり、
自分自身としっかり向き合って、

僕は経済的自由を目指す
っていう大事な目標を思い出し、
勉強を再開しました。

で、
勉強会とか懇親会に参加して、
出会った成功者たちから刺激を受けました。

僕のような障害者でもビジネスで活躍しまくってる人、
僕より大変な状況を乗り越えて自由を手に入れた人、
人として魅力的な人、

そういう人たちと出会い、
だんだん吹っ切れることができました。

「そうだ!俺はこの人たちみたいに自由を手に入れるんだ!!」

「人として魅力があれば、目が不自由だろうがなんだろうが関係ねえ!」

「そもそも、ちょっと結果出したくらいで自信つけてたんだ。調子に乗ってたな俺」

「もっと勉強しまくって、魅力的な人間になって、あのとき俺を振ったことを後悔させてやるくらいの男になってやる!!」

うおおおおおおおおおお!!!!

って感じで、
今まで以上に本気で取り組みました。

通勤電車も
始業前も
昼休みも
帰宅後も
休日も

すべて人生を成功させるために時間を使いました。
時には徹夜したり。

見てろよ!!
って感じでとにかく必死こいてました。

それが報われて今は、
念願だった経済的自由の状態を手に入れ、
脱サラして自立することができました。

劣等感も全て乗り越えて、
あの時以上に自信もつきました。

彼女との思い出は、
振られた当初は辛くて絶望的でしたが、
今では良い思い出です(笑)

今は別に後悔させてやるとか、
そういう感情も一切消えました。

逆に、
あのとき僕を振ってくれてありがとうって感謝してます。

その後、
遺伝とか気にしない女性ともたくさん出会えましたしね。

そもそも4年前の僕なんて、
今より超しょぼかったよなあ。

ちょっと投資とか副業して周りより優越感があったり、
恋愛活動で結果出してた程度で調子こいてたわけですから。

神様がその程度で調子こいてんじゃねえ!
って罰が降ったんだなって思います。

まあ、今の僕も、
1年後、2年後の僕から見たら、
超しょぼしょぼに見えるんだろうけど(笑)

決して調子に乗らず、
上を目指して励んでいくぞ。

終わりに

 

いかがでしたか?

僕はマジで劣等感の塊で、
自信が全くない人間でした。

そんな人生を変えたくて、
勉強して行動し続けた結果、

今、こうして人生を変えることができました。

今回お話ししたような挫折とか、
失敗も多くありましたけど、

諦めずに行動し続ければ、
こんな無能な視覚障害者の僕でも、

成功できたんです。

ぜひ、
何か叶えたいことがあるんであれば、
諦めずに行動し続けて欲しいなーと思います。

今回の話とは別で、
僕は経済的自由を手に入れて脱サラした後、
セミリタイア(毎日日曜日)生活を経験しました。

本当に何も仕事せず、
毎日だらだらしてました。

サラリーマンの頃、
そんな生活を憧れていたんですが、
実際に経験してみると、

地獄でした。

当時のエピソードを書いた記事があるので、
こちらも合わせてご覧ください。

念願の脱サラセミリタイア!でも実際は地獄でうつ病になった話

追伸

先日、
ツイッターで知り合ってLINEで情報交換してる人から、
今回の記事の感想をいただきました。

感動してくれたみたいで、
すごく嬉しかったです。

こんな感じです。

これ、嘘くさいと思われるかもしれないけど、
マジです(笑)

もし、
記事の感想あれば、
あなたもどんどんください!

 

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僕は、会社員時代に脱サラを目指して始めた投資で、
1億円以上の資産を形成しました。

仮想通貨(暗号資産)、不動産、株などで資産を構築し、
資産がお金を生み出してくれるおかげで、

全く何も働かなくても、
お金が自動で生み出される状態になりました。


現在は念願の脱サラを果たし、
自由で自立した人生を歩んでいます。

ですが、
社会的弱者の印象がある視覚障害者の僕が1億円以上の資産って、
超絶怪しいですよね。

お前には特殊能力とかセンスがあったんだろ?とも言われます。
僕はもともと投資やお金について詳しかったわけでも、
最初から有益な情報源があったわけでもありません。

月収は手取りで20万程度の平凡なサラリーマンでした。
その上、視覚障害というハンディも抱えてる人間です。

そんな僕でも、
正しい知識を得て実践を繰り返す事で、
人生を変えることができました。

才能も人脈もない上、
目にハンディのある僕だからこそわかったことは、

「どんな人でも人生変えられる」

ってことです。

正しい知識を学んで、それを実践する。
これだけです。本当に。

そうすれば、誰だって理想の人生を実現できるチャンスはあるんです。

僕は、
誰でも自由で理想の人生を歩めるチャンスはあると確信してます。

そんな僕の行動理念を書いた記事を公開していますので、
ぜひご覧ください。

僕の理念「人生開眼」

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